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〝主従関係〟について、自分が積み上げてきた考えや感じたことを書いています。性的描写は一切ありません。読者の方にとって一助になれば幸いです。
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22:15:26

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前回は罰だったので、今回は褒美について
他の人はどうだかわからないが私は従者には「褒美」をあげたいと思っている。やっぱり従者とは、楽しい時間や空間にしたいからね。
あげるのは、モノではない。主に〝会うこと〟〝なでること〟など実感できることだ。
M女という人種は、「いらぬ考えを巡らし、自己否定し勝手に落ちていく」ことが専売特許というくらいに得意。
よい結果を出したら褒美。結果が出せなくても、過程が評価できれば褒美。褒美をする理由をほじくりだすこともある。乱発・あげすぎくらいでちょうどいい。それでようやく従者は前を向くことができる。
この時、きちんと褒美の根拠を示すことも重要ですね。理由もなく褒美をあげたら、逆に不安がる(苦笑)これは、罰も同じ。
一つ一つのことについて、見ていなければ褒美も罰も与えることはできない。根拠があるからこそ、従者も主の判断を受け入れられるのだ。
このひとつひとつというのが、大事である。こちらが、見るという姿勢を出さなければ従者は気持ちを出さない。あふれでる従者の感情を受け止めなければもともと持っている心の殻をさらに固く閉ざしてしまう。
褒められたいという誰しも持っている気持ち…それこそ成長の原点。
その気持ちをどんどん積み重ねさせて自己否定をさせないようにしていくことが大事だと思っています。
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2013/07/15
16:21:57


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等式のりんこ嬢と互いのブログ上で
それぞれの見解を交わす展開になっています。

彼女の疑問をベースに何回かにわけて書いていこうと思います。
(回数を稼げるということもある@笑)

>毒蜘蛛さんと毒蜘蛛さんの求める女性はSM行為を
>『したくない人』と『されたくない人』の組み合わせで、
>那智さんとわたしは『したい人』と『されたい人』の組み合わせだということです。
>なぜかというと、毒蜘蛛さんはSM行為が『罰』になりえるからです。
>『褒美』という側面もあるそうですが、たとえば鞭は罰だけど、
>縛りはご褒美というようなことなのかな。
>(ちょっとここが情報不足で自信持って書けないです)


まず、この指摘について・・・
私の場合は、
「したくない人」と「されたくない人」の組み合わせではありません。
私自身は、「積極的にしない人」です

私自身、従者が笑顔でいることが楽しい。
たとえば、褒美としてSM的な行為を行うことは
当然ありますし・・・
ネガティブな感覚だけでSMをやっているわけではないことは書いておきたい。
また相手がSMされたくない人かというと…経験上そんなことはない。

>だとしても、罰という側面があるのであれば、
>罰=マイナスのことをいう認識があるわけで、
>『したくない人されたくない人』と言えますよね。
>もちろんわたしたちだって、できないことややってはいけないことはあるけれど、
>全般を通してSM行為をしたいしされたいし、互いに性的興奮を憶えているわけで、
>やはり毒蜘蛛さんとSM行為に対する前提が違います。

罰だからしたくないというのは
飛躍のさせすぎではないかと思います。

感情だけでなく、必要性があると思えるから
SM的行為をするということもあります。

SMをされたくない人は、主従をわざわざ選ばないと思う。

*********************************

私と従者との関係性において、
私は〝判断基準〟だという意識があります。
さらに、従者には「わかりやすい判断結果」が必要です。
すぐに疑心暗鬼になってしまいますのでね。

口でいったわけでは、理解しきれないというか
頭で理解しても、体で実感しないと
心に深く刻み込まれないともいえばいいでしょうか?

私の世界観を自分に生かしたいという従者、居場所がほしいという従者。
彼女たちに、もっとも必要なのは「肯定」です。

従者という「立場」や
俺のそばにいる「居場所」を与えることは
存在の肯定です。

一つ一つのことで肯定できることは「肯定」し
自信や実感をつけさせる。

私が肯定しているということをわかりやすく示すため
〝褒美〟としてSM的行為をすることはあります。

ただ、同時に従者はは「否定」も求めています。

「どうせ、私はダメだから」「自信がない」とかですね。
これを全面的に肯定しても疑心暗鬼になります。
きちんと、相手を見たうえで「否定すべきところは否定する」

きちんと、叱る・怒るというのも私は重要だと思っています。
確かに口で言ってもわかることかもしれません。
ただ、一方で体に罰せられることを求める場合もある。

体罰の是非論が昨今論議をよんでいますが
体罰を肯定しているもの同士が納得の上であれば
私は体罰を肯定していいと思っています。

M女性の中には、きちんと罰せられる
痛みを伴うことでそれを実感できるという人もいます。

また、罰を受けることで「ケジメをつける」ではありませんが
問題となったことを終わらせるということもあります。

もちろん、暴力的な行為を用いずに伝わることもあるでしょう。
しかし、それはそれ…

ただ、感情的にやってはいけない。
感情的な否定・行為は、従者の心を凍結させます。

なぜ、仕置きなのか、罰なのか
その理由をきちんとわからせて、
相手からそれを求めてこその仕置き・罰です。

望むことをやったら喜びになるのでは?という指摘もありますが
それは意味づけの問題ではないでしょうか?

仮に鞭打ちを好む女性がいたとしましょう。
褒美や楽しみとして鞭を受ければそれは喜びや快楽になるかもしれません。

ただ、性的興奮がない鞭もあると思っています。
嘘であったり、不安定さからくるめちゃくちゃな行動だったり…
その原因を従者がきちんと理解したうえで、受ける鞭は心に響くもの。
響かない鞭ならば打たないほうがましです。
そこまでの意識をもって、打ちこまれた鞭は性的快楽につながるのでしょうか?

私は、つながらないと思いますし、つながってほしくない。

罰のたとえとして、鞭をあげましたが・・・
私が従者に与える〝罰〟で厳しいものとするならば
〝放置〟〝無視〟〝解消〟です。


とりあえず、今回はここまで


19:09:44

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従者に求める〝覚悟〟
私は従者に対して〝覚悟〟を決めろという。先日、〝覚悟〟とはなんだ?という質問をいただいたので今回のエントリーとする。
〝覚悟〟というと、奴隷というイメージからか主のいうことは絶対なのですべて従順でいる、NOは言えないとかとらえられてしまうことが多い。
私の求める〝覚悟〟とは〝自分を変える覚悟、自分の決断に責任をもつ覚悟〟というようなものです。抽象的なものなので、この表現が正しいかどうかはわからないのだが・・・
縛りなどのSM行為のテクニックが優れているわけではなく性的快楽は重要な目的ではないという私。ネットの世界でいきなり惚れるなんてありえない。また、絶対的な関係や信頼関係の構築が重要だといいますがいきなりできるわけがない。
私の従者にわざわざなりたいという女性の動機・目的は私との関係性によって、成長したい、不安な心を安定したいというのが大きい。
成長や不安の解消(やわらげる)のは、もちろん簡単なことではない。積み重ねていくしかないがすぐに崩れてしまう危険性をはらんでいる。
じゃあ、どうやって目的を達成していくのか?〝自分を変える覚悟、自分の決断に責任をもつ覚悟〟が必要になるんです。そして、その覚悟を継続させることで何かが得られると思います。
ではその覚悟に対して、私は何をするのか?「しっかり見続ける」「相手の行動に対して判断する」こと。かっこよくいえば、「磨く」なのかな?「育てる」というところに、主従関係の醍醐味を感じることは多い。
上手にいかなくてもいいんです。褒美があり、仕置きがあり、バカもやり・・・そうやって数年かけて磨いた女と過ごすのは、私にとっても至福になると思っています。
相手が覚悟を決めて私の従者になりたいといいそれをきちんと受け止めた以上「私から捨てる」という選択肢はほぼない。相手の覚悟に対して、私も覚悟を決めて関係性を紡ぎます。
実際に、年単位で続いた女性を自ら捨てたというのは過去に一人だけ。理由は、嘘があまりにもひどかったからでした。

13:51:02

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何度か僕のブログで紹介している「等式」で本人いわく毒日記がUPされていた。本人の了解のもと、抜粋して一部引用させていただく。http://lilkusuriyubi.blog.fc2.com/blog-entry-1698.html(原文は上記リンクを参照願います)

>違和感を憶える言葉がある。SMや主従関連でときどき目にする言葉だ。
>たとえば『精神的なSM』とか『SMは目的ではなく手段』という言葉。
>言わんとしていることはある程度理解しているつもりだ。
>でも、どこか引っかかる。

>SM行為が日常のいわゆる普通の愛情を示す行為と地続きにあるからだ。
>だから、愛する気持ち(精神)を表すひとつの手段でもあるのは間違いない。
>だって、キスをするのにわざわざ愛情を表すひとつの手段なんて言わないよね。
>でもって、好きって精神だけで満足しないよね。
>『あなたとキスがしたい』という欲望がよろこびだよね。
>SMも同じ。
>わたしはサディスティックな欲望をわたしにぶつけてほしいのだ。
>好きな人とのSM行為が精神に作用しないわけないんだ。
>好きな人とするSM行為は愛情表現の手段のひとつであることは間違いなんだ。
>結果として『手段』になることも『精神』にまで及ぶこともあるだろう。
>でも、それをあえて最初に謳う文章を見つけると、なんだか違う意図が感じられて違和感。
>躾けのため?
>必死に従う姿を見たい?
>主従といわれるカテゴリではこういう理由でSM行為をする人が多そうだよね。

>手段や精神でSM行為をしていることもあることは知っている。
>でも、わたしは、愛する男のサディスティックな欲望で
>SM行為をしてほしいのだ。

>そういう言葉を吐いているご主人様は一定の割合でサディストではないと思う。
>単にエラそうにしたいとか、簡単に都合のいい関係を作りたいってだけ。
>いつかSM行為をしなくなって奉仕とマッサージとノーマルセックスが主な調教になる可能性大(笑)
>なるほど、あの言葉の違和感はいつかSM行為をしなくなる言い訳に聞こえちゃうんだね。


これを読んで最初に思ったのは「SMは目的ではなく手段」ということには違和感を持たれてしまうのだなということ。
怒りのような感情は一切ありません。見方を変えればそう見る人も当然いますし確かに都合よく扱っていると思われてしまうだろうね。
それで、私が彼女のブログに書いたコメントが・・・
「SMは手段」は私も前提に掲げています 

>いつかSM行為をしなくなって奉仕とマッサージとノーマルセックスが
>主な調教になる可能性大(笑) 
>なるほど、あの言葉の違和感はいつかSM行為をしなくなる言い訳に聞こえちゃうんだね。 

毒という前提で書かれていますけど まあ言い得ていますね。 なるほど、言い訳に見えてしまいますか。 私の日記の批判に「口だけ男」というように書かれたこともありますが 目線を変えてみられるとそうとられてしまうのでしょうね 
確かに、奉仕・マッサージ・ノーマルセックスが主になります (調教という言葉は私の世界には存在しないので) SM行為をするのは、自覚を促すためや褒美や罰など 手段にすぎません。 
ただ、あなたの視点は「される」方の論理かなという感覚を覚えました。 
「する」側としては、 正直、SM行為は暴力や体罰と同じです。 日常の倫理観を積み重ねてきたものにとって SM行為をするということについては理由づけがなければできません。 単なる快楽で暴力はふるえない。 それを表現するうえで、私は「SMは目的ではなく手段である」と書いています。 
*********************
追記するとすれば単に都合のいい関係を求めているだけじゃないかという指摘も何度も受けました。
でも、男と女が特別な関係になるのは互いに都合がいいからではないのかな?という思いは常に持っています。

13:25:10

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群発頭痛でいろいろ調べているなかでこんな記事をみつけた。
「セックスで偏頭痛が治る、鎮痛薬と同程度との報告」
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2932540/10392208
【3月7日 Relaxnews】セックスには、鎮痛薬と同程度に頭痛を緩和する効果があるとする研究が、国際頭痛学会(International Headache Society)の専門誌「セファラルジア(Cephalalgia、頭痛)」に掲載された。
研究を発表したのは独ミュンスター大学(University of Munster)の研究チーム。偏頭痛患者800人と群発頭痛患者200人を対象に調査を行った。今回の結果は予備段階のものだが、この調査で、偏頭痛に苦しむ人の半数が、パートナーとのセックスの後に頭痛が緩和されていたことが分かった。英紙テレグラフ(Telegraph)によると、研究チームは、セックスがエンドルフィンを分泌させることを指摘。脳内物質のエンドルフィンには鎮痛作用があり、頭痛の緩和や解消さえも可能だという。昔から頭痛は「セックスをしない言い訳」として使われてきたが、研究チームは特に男性の頭痛患者らがセックスを「治療用手段」として用いていることを報告した。「研究結果は、偏頭痛になったときの性行為には頭痛の緩和や、ときに頭痛を解消させる可能性さえあること、そして頭痛中の性行為が異常行動ではないことを示している。セックスによって偏頭痛と群発頭痛を止めることが可能で、一部の患者は頭痛に対する緊急治療として性行為を活用していた」と、研究チームは述べた。(c)Relaxnews/AFPBB News

私の場合、今回のような長期間激しいものはなかった。(せいぜい数日程度)
今までと今回の差は「従者」の有無。2年前までは十年以上「従者」がいてそういう時間は週に1度以上のペースであった。従者との時間によるリラックス効果は当然あっただろうしよくマッサージもさせていたのもあるが・・・(肩こりがひどいので)まさか、こんなこともあるとはねえ。
かなりびっくりした記事でした。

プロフィール

毒蜘蛛

Author:毒蜘蛛
自らの経験を基にした〝主従関係〟について綴っております。
性的描写は一切ありません。
更新は滞りがちですが、なんとか月に1度はUPしたいと思っています。

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